捨てられる銀行 (橋本卓典)を読みました。
本書は、森信親金融庁長官による、銀行(特に地銀などの地域金融機関)への監督政策の概要を述べたものです。 森信親長官といえば、投資クラスタ界隈では金融商品販売におけるフィデューシャリーデューティーの提唱・推進者としておなじみですが、融資など銀行の本業的部分においても大胆にメスを入れようとしているようです。
本書は4章構成で、最初の3章は従来の金融機関監督に関する森長官の問題意識を述べ、方針転換の方向性を森長官およびそれを支える幹部らの経験を交えて描いています。 本書による森長官の認識によりますと、
・金融庁は不良債権処理が至上命題だったときのまま、もっぱら資産の安全性の評価のみに偏して監督をしていた ・金融機関もまた、それに対応して貸倒リスクの低い先に融資することを重んじ、支援さえすれば持ちこたえ成長するであろう事業であっても貸倒リスクが上がったとなれば切り捨てにかかっていき、地域産業を育てるという責務は二の次になっていた ・保証協会による信用保証制度が(所期の目的は、貸倒リスクをヘッジしてやることで銀行が安心して融資先の事業再生に取り組めるようにということだったのに)単なる回収の保全制度として使われてしまうなど、銀行が担保や保証にだけしか目が向かず「事業の目利きをし成長を助けるという力」がなくなってしまっている など、「事業そのものの社会的意義や成長性を評価して、それを資金面で下支えする」という本来の金融機関の役割が果たされていないということです。
財務状況や担保・保証に依拠するのみならず、顧客に密着し、情報力やコンサル力をもってその事業の収益性を向上させるようコミットしていくようにするべきだという問題意識です。 低金利競争と貸出規模の拡大に血道を上げるのではなく、そうした支援サービスの提供によって利潤を得るべきだということです。 適正なサービスを提供することによって適正な利潤を、という考え方は、森長官が金融商品販売のほうで主導するフィデューシャリーデューティーの考え方とも通じます。(もっとも、個人的には「我々が資金運用を委託する側に立つ金融商品販売の場面では、低コストこそ第一」だと思いますが) また、低金利競争・担保や保証重視といった営業姿勢が顧客から不評を買っているということを、顧客たる企業に直接ヒアリング調査を取って明らかにしたあたり、金融機関のあるべき姿を探ろうとする森金融庁の本気を感じます。
事業そのものを見ることを重視すべきだという問題意識は基本的に賛同できる方向性だと思います。 極端な話、民事再生や会社更生といった倒産処理の場面では、事業の収支をどのように改善するか(そのために今までの債権者をどのくらい泣かせるか)といった「専ら将来のみに目を向ける」考え方で事業再生を支援するわけですが、そのような姿勢は本来は平時(まだ事業者がなんとか回っており、債権者の誰を泣かせる段階にもない場面)から常にあってしかるべきものでしょう。 折から行なわれている日銀の金融緩和、ゼロ金利・マイナス金利政策というのも、「事業性を評価し、資金面でもコンサルティング面でも支援して相応の利潤を取るべきだ」という考え方とは親和性があるように思います。 この森金融庁による政策転換と金融機関側の意識変革が、緩和政策より先んじて起こっていればという気はします。
第4章は、既に「顧客や地域の課題解決」という形の事業形態を実践している4つの金融機関が紹介されています。 その中には私があきたびじん支店のふるさと納税特別定期を利用している北都銀行も含まれています。 ふるさと納税特別定期は、「ふるさと納税を呼び込む→預金も呼び込む→地元の自治体の収入アップと融資資金の拡大で地域経済にダブルで貢献」という策なんじゃないかと思っていましたが、こうした本で取組実例が取り上げられますと必ずしもその推測も外してはいなかったようだと思います。 ふるさと納税を呼び込む一つの道? 秋田県にかほ市にふるさと納税。これで優遇定期も獲得
企業への融資・支援を担う金融機関は、わが国の経済成長の成否そのものに大きな影響を与える存在といっても過言ではありません。 その意味で、森金融庁の姿勢を示す本書は読み込んでおいて損はないと思います。
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