時々投資家の中で話題になる投資対象として、優先株式というものがあります。
優先株式というのは、同一発行体の他の種類の株式(普通株式)より優先して配当金が支払われる(優先株式に所定水準の配当金が出されない限り普通株式には配当が出ない。「所定水準」は定額だったり定率だったり色々な設計がありえるでしょう)というものです。 一般的には議決権がないものとされる場合が多い代わり、配当利回りが高めになる傾向が多いことから、配当によるパフォーマンス向上を追求する向きには人気があるようです。 日本では伊藤園第一種優先株式(25935)が知られています。
この銘柄は、「普通株式の1.25倍の配当。ただし最低保証15円」という、定率と定額を組み合わせた設計となっています。 勿論、最低保証とはいっても、よほど財務が悪化して15円分の配当が会計上許されるだけの財源さえ無くなれば、15円未満への減配や無配もありうるでしょうが、「未払い分の累積」がありますので、翌期以降に復配があれば減配分は取り戻せます(時間的価値を考慮しなければ)。 米国株式では、iシェアーズ米国優先株式ETF(PFF)を通しての投資がよく知られた手法です。
私の周りでは、人生もお金も海外分散する話のmonibellさんはPFFを利用されているようで、最近もその話で雑誌に紹介されているようです。 日経マネー1月号にコメントが紹介されました
ところが、最近そのPFFのパフォーマンスがぱっとしていないのだそうです。
PFFを構成するのは、引用ツイート中にもあるとおり金融セクターが多いと言われています。 その金融セクターは、トランプ大統領の経済政策(大減税、金融規制改革ほか)が追い風になるという観測から、株価は堅調なはずです。
実際にどうなっているのか、米国ヤフーファイナンスで確認してみましょう。PFFと、バンガード・米国金融セクターETF(VFH)、そしてS&P500指数との、トランプ勝利以降である直近1ヶ月のグラフです。

……これはひどい。一番下にいるのがPFFです。下といってもかなり引き離されており、まさに一人負けです。 一方のVFHは、S&P500を大きくオーバーパフォームしており、確かに金融セクターには今のところ追い風が吹いている(少なくとも、株式市場はそういう観測をしている)ように見えます。
同じセクターでありながら、こうも相反する動きになっているのはなかなか奇怪なことにも見えます。 しかしながら、優先株と普通株の構造についてよくよく考えてみると、むしろ意外に自然な動きなのかもしれません。
*優先株式の設計としては、実は「非参加型(=優先配当を貰うだけで終わり)」と「参加型(=優先配当のほか、普通株式にも配当が出る場合にはそれも貰える)」という設計があり、それぞれ性質が異なります。 しかし、下記に引用するエイチエス証券の解説によれば、どうやら米国では「非参加型」かつ「1株当たり配当額が固定」という設計が多いようですので、本記事ではそのような設計を念頭におくこととします。 「参加型」であったり、伊藤園のように「普通株式の配当の何倍」などといった決め方だったりすると、話が大きく変わってくるのでご留意下さい。
優先株預託証券は、一定期間、固定率で配当が支払われる仕組みのものが多く、各期の業績により配当額が変動することがないために、証券の商品性としては債券に似たものとなります。 一方で、優先株預託証券は株式として取り扱われることから、配当が支払われなかったとしてもデフォルト(債務不履行)とはならないため、発行体の財務内容が悪くなった場合に配当の支払いがなされない場合があります。 優先株預託証券とは?
優先株式と普通株式の構造
まず優先も普通もない世界。株式って何だっけ まず、ただ1種類の株式しか存在しない(優先株式と普通株式の区別が無い)世界を念頭に、ごくごく当たり前のところから考えていきます。
言うまでもなく、株式というのは、発行企業の純資産を割合として支配する権利であります。 すなわち、現在の純資産及び将来稼ぎ出されて純資産に加算される利益の総計(現在及び将来の配当可能収益の総計に解散価値を加えたもの全て)が、我々の持っている株券1枚1枚に乗っていることになり、株式の本源的価値もそのような観点から考えられていきます。 PBR(株価純資産倍率)、PER(株価収益率)などといった指標がそれです。
利益が増えていけば、将来的の配当可能収益が増え解散価値も上がっていきますから、株式の評価は上がります。
優先株式は「企業利益の前取り、残りを放棄」 ところが、優先株式と普通株式という概念が登場してくると、こう単純にはいかなくなってきます。 優先株式の株主は、普通株式の株主をそっちのけにしてでも、剰余金のうち一定額を前取りすることができることになります。
そうなってきますと、毎年の収益が一定水準(優先配当枠をカバーできる水準)に達するまでは、普通株式の株主が把握できる企業価値は全く増えていかないことになりますし、優先配当による財源圧迫分だけ収益の伸びほどには普通株式の価値も配当も上がってはいきにくい格好になります。 優先株式の優位性はここにあります。
むろん、業績見込みがあまりに悪く優先配当さえ維持できなくなる未来が予想される場合には、優先株式も普通株式と枕を並べ、容赦なく価値が下がっていくでしょう。
普通株式は「最初だけ譲って、残りは総取り」 ところが、企業業績の伸びが大きく、優先配当をカバーするどころかそれより何倍も何十倍も利益が出るとなったら、どうでしょうか? そうなると、その増差分を享受できるのは全部普通株式です。優先株式は(ここで想定している設計では)固定額の優先配当を貰ったらおしまいで、あといくら利益が膨らもうが純資産が膨らもうがそこには何の支配権もありません。
こうなってくると、普通株式の本源的価値のほうが高くなってきかねません。 要するに、優先配当は約束された額しかもらえないのに、普通株式は財源(利益)さえあれば青天井に配当できる。優先配当より普通株式への配当の方が多額になることが、業績好調になればありうる。 そうした場合、投資家としては当然優先株式を売却し、普通株式を購入することが合理的な投資行動となってきます。 結果的に、需要と供給の原理によって、優先株式は値下がり圧力が、普通株式には値上がり圧力が掛かることになります。
今起こっている、金融セクターの普通株式が上がっているのに優先株式が全く軟調になっている現象は、以上のようなことだと考えられます。 トランプ大統領の政策は、確かに金融セクターには追い風かもしれませんが、あまりにも追い風が強すぎたということでしょう。それだけ金融セクターの業績が大きく大きく伸びると期待されているということです。
要するに、優先株式=カバードコール。損益を上乗せするが上限が付く 以上の話を金融・投資用語に直すと、比喩的には現物株とオプションの組合せという風に把握できると思います。
まず、株主が全員優先株式も普通株式もない状態での単純な株式を持っているものと想定します。
次に、優先株式を持っている人は、「固定された収益(=優先配当枠)が約束される」かつ「それを超える収益の流入を放棄する」のですから、一種のコールオプション売りをしているものとみなせます。原資産は「単純な株式会社財産(配当財源&残余財産分配)」、オプションプレミアムは「優先配当」、行使価額は「現在のBPSと優先配当との和」でしょうか? (万全の自信はありません) 「単純な株式」を持ちつつ、それに対するコールオプションを売るのですから、所謂カバードコールです。
このポジションの場合、将来の企業利益が優先配当を超えない限り、単純な株式だけを持っている場合に比べてオプション料(優先配当)分だけポジション全体の損益が改善します。 他方、企業利益が優先配当を超えて増加していくと、「単純な株式」がその分増価してもオプション料以上の収益は享受できません。優先権なかりせば優先株式の株主が享受するはずだった企業利益は、普通株式が分け取りにしてしまいます。
優先株式がオプションの売り手なら買い手もいるわけで、それが普通株式です。 普通株式は、オプション料として優先配当を優先株式の株主に渡す分、「単純な株式」だけを保有している場合よりポジション全体の損益は悪化します。 その代わり、企業利益が増加していくと、オプション料と引き換えに放棄された(優先株主分の)企業利益が回ってくることになります。
ざっくり考えただけなので正確な理解・表現とは言いかねますが(たぶん誰かもっと正確でわかりやすい説明を考えてくれるでしょう)、概ね定性的にはこんなところでしょう。 ポジション全体として、企業利益が増加していくにつれて前者は「収益限定」後者は「収益青天井」となっていくわけですから、後者のポジションの方が魅力を増し価値が高まっていくということです。
なんとなく有利そうなはずなのに、そして企業が成長していくはずなのに、なぜかついていけない。そのからくりを考えてみました。 なかなかこの世にいつでもうまい話はないものです。 どういう情勢のときにどういう投資パフォーマンスが発生するのか、商品構造をよく分析し理解してから利用するのが大事だとよく実感できます。
|